とかく歳を取ってくると健康の話が多くなってくる。喫煙所、飲みの席、あらゆる場面で中年のオヤジが一席ぶつ「いやあ、この前バリウム飲んじゃってさ。きつかったよー。ゲップを我慢するとか無理でしょーwww」さも愉快そうにオヤジが喋る(余談だがこの手の話をするのは決まって男である)。なにか異物が胃袋に侵入してくる気持ち悪さ、口のはしから汚らしく垂れる白いバリウム。その苦行を共有の肴としてタバコが、あるいは酒の席が、盛り上がるのである。
というような一連のバリウムの下りが嫌いだった。おっさんが「バリウム飲んでさ〜」とか言おうものなら「中年乙でありますwww 乙でありますwww」とか心の中でバカにしてた。したらあんた、今日人間ドックあったのよ。あれ? 人間ドックって中年が口にするワードベスト3ぐらいのやつじゃね? って思ってたら30歳の節目だから人間ドックだって。あらあ、30とか、マジですか。俺が30ですか、嘘じゃないですか?
確かに30であることを問診票の生年月日から確認しつつ、健診項目見たら「バリウム検査」という文字。冒頭に言ったようにバリウムは俺の中の中年の象徴だった。それが今、眼前に。嘘でしょー。
んで俺、中年の象徴飲んだよ。げーっぷ。何コレ。バリウムの前に飲むヤツ。発泡剤っていうんですか。胃袋の中でシュワシュワってなる。味のない薬まみれのアメリカのコーラーみたいな。これをゲップなしで飲めって、ば、ばっか、無理だろ。ケップ。え? 今のゲップはオッケー? 有無を言わさず検査台の上で寝そべるおれを上下左右にまわす検査員。師走の忙しい時期の健康診断。そこに飲み直しの選択肢はなかった。ちょっとぐらい出ても良いんじゃない? そう思いつつバリウムを口に含んで飲み下す。お? なんかおいしい。飲むヨーグルトみたいだよ。やっぱり中年は大げさに言っていたに違いない。検査員はバリウムを含んだ袋のようになった俺を検査台の上で一通り転がし、俺、ようやく介抱された。ゲップもし放題。ケポ、ケポ。
そんで会社に行くと俺は寡黙に席につき、とはならずやはりご多分に漏れず先輩に「バリウム飲みましてね」とニヤニヤ顔で報告。水分をとらないと腸で固まってやばいよーなどとわいわいきゃっきゃ。ごめん中年。いやおれも中年だから俺も含めた中年ごめん。言うわ。バリウム飲んだら言うわ。人に。その気持ち分かったわ。大人の階段のーぼる。20でお酒、タバコをやり、30でバリウムを飲む。こうして人はコミュニケーションの幅を広げていく。偏見持ってました。偏見持ってました。すまんかったです。
そして先輩の言う通り、バリウム様は見事に腸でかたまり、腸がまがるところでいちいちグリリグリリと痛み、なんだこれ。やっぱ中年の言う事には耳を傾けねばだわ。カチカチのバリウムを腸でつまらせながらウンウン唸る。そんな俺を見て「中年乙でございますwww 乙でございますwww」と煽る若者よ。すぐくるからなバリウム。あっという間だからな30。お前らもやがては歳をとり、第2第3のバリウマーになって言うんだよ。「いやあ、バリウムを飲みましてねえ」なんて。たばこをふかしながら、酒を飲みながら、女を抱きながら。