081120

 今日も朝起きたら8時くらいになっていたのでゲンナリだった。朝起きたらという書き方をしたが、本当のところは起きる気がしなかったというところが本音か。そのときは何となく起きたくないなーっつーかんじだったんだけど、振り返ってみると寒かったからかもしれん。寒いと僕は起きない。新たな怠慢の法則を見つけて、なんかガッカリした。
 10時半に登校。うちの研究室の慣習からすれば、咎められない最低ラインの登校時刻である。濃いコーヒーで頭を起こした後、ちゃちゃっと測定。あっという間に昼時どきに。
 みんなで食堂に行き、またしても台湾ラーメンを食べる。最近研究室内で流布してる、北部食堂の台湾ラーメンを食べると痔になる説を証明するためにも、痔になるギリギリまで台湾でいこうと思う。何でこんなことをするのかは自分でも分からない。
 メシ食いながら、兄貴動画の話をする。兄貴動画とは、インターネット界隈で流行っているゲイ動画のことだ。内容はシュワちゃんみたいな筋肉をした男二人が、「パンツレスリング」という競技で競い合うというもの。よく分からない、ふわっとしたルールのもと、二人の男が「フーン! フーン!」言いながらパンツ一兆で組み合う姿は、気持ち悪いを通り越してシュールだ。
 その動画の中で有名な空耳、「あんかけチャーハン」についてみんなでガヤガヤ話し合った。果たして「あんかけチャーハン」と聴こえるパートは、本当のところは何を言っているのか? 皆で情報を交換し、あーだこーだ意見を出す。最終的には「How do you like that, hann?」と言っているのだろうという結論に落ち着いた。「like」の「ke」と「that」の「th」がつづまって「チャー」。そして「hann?」と続くので「チャーハン」。「あんかけ」の部分は「How do you like」の母音音だけをあいまいに抽出し、「ア」、「ウ」。「like」の「ク」と発音する部分を脳が誤解して「かけ」という風になり、「アウ×☆ヵケザーハン?」→「あんかけチャーハン?」となる。発音の仕組みを理解した僕らは、なんだか無性に嬉しくなって「あんかけチャーハンあんかけチャーハン」連呼し、ちょっとしたガチムチ英会話教室が開かれた。大学の食堂で。
 ついでに同じ動画内の、「最近だらしねえなあ」と聴こえる空耳についても調べようということになったが、こちらは答えが出ずに断念。この動画をTOEICで出題したら、990点は限りなく不可能だと思われる。それほどネイティブの、ゲイの、絡み合い時の英語は聴き取りにくい。TOEICのスコア欄のAランクの上に、「ゲイ動画の英語が聴き取れる」というランクを追加して欲しいぐらい。Gランク。
 研究室に戻る。打ち合わせ資料を作らねばならなかったのだが、ヤル気が出ず。頭の中では兄貴が「How do you like that, hann?」と繰り返している。午後二時半になり、B4の先輩が授業から戻ってくる。うちの研究室は、B4用のパソコンが一台しかなく、本当はB4の先輩が帰ってくるまでに資料を作っておかねばならなかったのだが、完成度は10%。やむなく未完成のままパソコンを譲り、先輩が終わるのをヌボーっと待つ。
 午後7時。ようやく先輩の作業が終わったので、パソコンが手元に戻ってくる。しゃあ、やるぞと思った途端、隣でネットサーフィンをしていたD2の先輩が、「『最近だらしねえな』の意味、分かったぞ!」と叫んだので、マジッスか! ということになった。
 その後1時間程、「最近だらしねえなあ」が「Like embarrassing me, hann?」だったという事実に盛り上がり、またしてもガチムチ英会話教室が開かれた。「Like embarrassing……」という一連の流れが、「ライクエンバラシング」→「ライケンバラシング」→「ライキンブァラシン」→「サイキンブァラシン」→「サイキンダラシン」→「最近だらしn」とつながっていくのがポイント。先輩達とともに「最近だらしねえなあ」「最近だらしねえなあ」と大いに盛り上がり、時刻は9時。資料完成度は20%。本当にだらしねえ。
 心を入れ替えて、残りの終電までの時間を全力で資料作成にぶつけた。十時半、完成。本気になれば、一時間半で終わるんだよ。その一時間半をやりはじめるのに、何時間かかるか分からないが。そう、やり始めが、ね。
 11時。大学を出、地下鉄に乗って名古屋駅へ。電車乗る。はあ今日も疲れたわ。したら人身事故が起きたとかで、電車が止まった。腹減った。眠い。何分も止まった電車内に閉じ込められ、客のイライラは募っていく。あちこちでため息や、指や足をいらただしげに鳴らす音が響く。となりの席に座ってたおっさん二人など、とうとうイライラが爆発したらしくケンカを始める始末。相手を殺す勢いで睨みあってるおっさんたちと、笑いをこらえている乗客たちを交互に見ながら、僕はそっとつぶやく。
 「Like embarrassing me, hann? (最近だらしねえなあ)」
おまけ↓

たばこ愛 【チラ裏】

 煙草を吸い始めて一ヶ月くらいになるのだけれど、一日一本という自分ルールは未だ守られており、僕にしては大分自制がきいてるかなという感じがする。
 非喫煙者だったとき。煙草の副流煙が死ぬほどいやだった。周りに煙草の煙が漂ってくると、それだけで別の場所に移動したくなったものだ。というか移動できるときは移動していた。露骨に。
 では煙草を吸うようになってからはどうかというと、別段そのスタンスは変わらなかった。相変わらず副流煙が嫌いだ。つーか吸ってみて思ったのだけど、喫煙者本人が一番副流煙を吸ってる気がする。というか確実に吸ってるだろ。近いし。ものすごく嫌だ。
 そんなわけで、僕は煙草を吸うとき、十分喚起したのち、煙草の風上に自分を置いて吸うよう心がけている。真の喫煙者たるもの、受動煙だろうが、能動煙だろうが構わず吸いこみまくって、肺がんになり、今際の床で「煙草のない人生じゃなくてよかった」と言って雄雄しく死ぬといかにもカッコいい。が、僕のように、極力煙草の先から出る煙を避けていたが、結局肺ガンになって死ぬのは格好が悪すぎる。、そのときは、「フィルターごしの煙しか吸わなかったのに……」という言葉を遺して死んだりすんだろう。もっとも卑屈な喫煙者だと思う。まあどちらも死ぬんだからどっちでもいいっちゃいい。
 そういえば最近、すごい男らしい喫煙者がいた。コンビニのバイト仲間の女の子。ヘビースモーカーである彼女は、タールの軽い煙草じゃまったく吸った気がしない上、朝起きて顔を洗うのと同じくらい煙草が習慣化しているとおっしゃっていた。まあそれだけなら普通のヘビースモーカーなのだが、彼女、「(タールが)6ミリ以下の煙草を吸うときは、フィルターを切ってからじゃないと軽すぎて吸えないっすよー」と可愛らしく笑っていた。僕はそれを聞いたとき、「漢だな」と思わずため息をつき、とても真似できないっつーか真似しちゃいけないっつーか、軽いとか重いとかいう問題じゃないんじゃねっつーか、それって受動煙100%なんじゃないかとかまあ色々思い、最終的には、煙草の良い部分も悪い部分も包み込んじゃうってある意味愛だよなとか思って、副流煙を気にする小さな自分に恥じた僕は、持っていたピアニシモワンをべきべきに折ってゴミ箱に投げ捨てた。これほど愛せる自信はない。人も煙草もね。

キャラ物のグッズ愛もしくは哀 【エッセイ】

 リラックマが好きだ。あの色、あのフォルム。可愛く見せたいとかそういうぶりっ子心を一切感じさせない、自然体で媚びてない雰囲気も好きだ。
 三月に一ヶ月間、東京にインターンシップに行ったときも、リラックマにはお世話になった。勝手の分からない一人暮らし。企業の厳しさと、東京砂漠の人恋しさ。それらがごたまぜになって、欝ではないがなんとなく沈んでいたあの頃。リラックマの「だららん日和」という本を読んで、明日も頑張ろうと癒されたものだ。視覚的にも精神的にも大好き。その愛は、数年来の恋人にも勝るとも劣らない……ええい! 語るとぺらっぽくなるわい。とにかく可愛い。好きだ。理由なんてない。好きに理由があればあるほど、好きは薄っぺらくなる。そうだろう?
 そんな折。バイト先のコンビニで「リラックマフェア」なるものが行われた。リラックマ専用のブースを設けて、可愛いクマグッズを大々的に売り出したのだ。リラックマファンの僕は即座に、ソフビマスコット、カップタオル、キーメット、ストラップ、etc……と全種類のグッズを買い込み、生活のあらゆる場所にクマをちらつかせては顔をふにゃつかせた。幸せだ。こんないいフェアをやるなんて、うちのコンビニもまだまだ捨てたもんじゃないなと思った。
 そう、僕が買ったまではよかった。
 2ヵ月後、大問題が生じた。このリラックマグッズ、待てど暮らせどいっこうに売れないのである。これまでの売り上げは全体のおよそ2割と言ったところか。悲しそうに埃をかぶるのは、売れ残った8割のクマたち。
 これには僕も驚いた。自分が愛するものを、みなも愛してくれるだろうなんていう青臭い思惑など一切なかったが、この仕打ちはクマが可哀相だと思った。なんで!? どうして!? 僕はレジで作業をしながら、クマのほうなんて見向きもしない客に向かって心のシャウトを飛ばしていた。これじゃああんまりだよお客さん。
 リラックマが売れなかったことによる、店の不利益についてはどうでもよかった。そもそもうちのコンビニがどうなろうと知ったこっちゃない。問題は金じゃない。売れ残ったクマたちはどうなるかということ。この一点に尽きる。
 東京近郊にある、瑣末な倉庫街。その一画で、全国各地のコンビニから届いた返品のクマの山を前につぶやく業者。「二束三文で作った商品を、一つ500円で売りつける……わずか1割でも売れりゃあ十分元がとれるってんだから、やめられねえよなあ!?」そういって醜く笑った業者は、下っ端をよびつけ、どやしつける。「後は適当に処分しちまいな!」
 そのままリサイクル業者にひきとられ、熱によってどろどろに溶かされるクマもいれば、粉砕機にかけられてコナゴナにして捨てられるクマもいる。運のいいクマでも、卸売業者にタダ同然の値段でひきとられ、町内会の祭りの的屋だとかに量り売りで売られ、クソみたいに高いクジや、サメ釣りのはずれ景品としてさばかれ、頭の悪いクソガキなどがそれを手に取り、「ママー、こんなんよりプレステ3が欲しい」などと粗末に扱われ、家の畳に打ち捨てられるように転がっては、飼い犬にガジガジにかまれ、くだかれて原型をなくすクマが関の山。僕は悲壮なクマたちの運命を想像するにつけ、発狂しかかる精神を押さえつけもがき、苦しむ。
 クマブースを再度見る。売れ残ったクマの数を数え、値段を計算する。全部売れても一万四千円。憤りで体が震える。たったイチマンヨンセンエン。1クール数万円の利益(?)をあげるためだけに、可哀相なクマをこんなに生み出したと言うのか? 百歩譲って売れたとしても、店に入る利益なんてすずめの涙ほどだ。そう言うと、頭でっかちのSVは、「ちがいます。リラックマは利益をあげるための商品ではなく、あくまで客寄せパンダなのです。利益は、リラックマをふらっと眺めに来たお客が、ついでに買うアンパンなどで回収すればいいのです」なんて言うだろうが、ちゃんちゃら可笑しい。だって客、別に増えてない。リラックマ効果で客なんか集まるか。本当にリラックマが好きな奴はグッズ屋に行くわ。可哀相なリラックマ。SVの机上の空論に振り回され、人柱になったリラックマ。いや、クマなのでクマ柱と呼ぶべきか(か、かわいい……)。
 大量に売れ残ったクマブースの前に立ちながら、僕は考える。せめて目に見えるクマたちだけでも助けてあげたい。たった一万四千円でこんなにも多くのクマを救ってあげれる。これはエゴだろうか。例えば、政情不安な国に赴き、恵まれない子供に医療支援を行う。そんなことをしても焼け石に水、と評論家は笑うかもしれない。何があっても自己責任、と首相は声明を出すかもしれない。これはエゴだろうか。けれど目の前の子供は助けられる、目の前のクマは助けられる。僕の場合は命を賭すわけではない。一万四千円だ。たったそれだけでクマがスクラップになるのを防ぎ、クマ欲のないクソガキが粗末にクマを陵辱するのを防ぎ、そして何より僕の……僕の心は満たされる。これはエゴだろうか。エゴだ……! 所詮エゴだとも……! エゴの何が悪いか! みんな大抵自分のために生きてんだろ? 自分のために仕事をし、自分のためにみんな金を使う! 大切な人に向ける親切心や愛情だってまわりまわって自分のためだ! 自分のために生きるんだ! それが自然だ! みんなそうだろう? だから僕は……
 僕はクマブースのクマを全部取ろうと、手を伸ばした。そのとき。一緒にバイトに入っていた女子高生(巨乳)が、そんな風に狂った目をした僕を見て、大いに笑った。「またやってるんスか!」。前のめりになってカラカラと笑い、背中に長く艶っぽい黒髪をしゅるしゅるはねさせる女子高生(巨乳)を見ながら、クマ全部買ってやるから乳もましてくれと切に願った。あと、頭の片隅で考えることといったら、クマのかわりに乳ってのは売春にあたるんだべかーとかそういうこと。クマのためでも誰のためでもなく、いつだって僕は自分のために金を使うし自分のために生きていくんだ。みんなそうだろう?

081119

 今日は朝から輪講があったので早起きして学校へ。八時半に到着。開始時間の九時まで机で突っ伏して寝る。早く寝たのにねみい。どうしようもねえ。
 輪講開始。先生が不在なので、M2の先輩とB4のみでやった。B4の先輩担当ですすめていく。……分からない。資料を読んでも、書いてることがあまり理解できない。B4の先輩自身もあんまり分かってない感じ。それでも切れ者のM2の先輩の助けでなんとか進めて行き、最終的に終わるには終わった。
 M2すごい。論理的だし、知識量が段違いだ。こういう技術者になりたいよなあ、という憧れが芽生えた。偽フェルミ準位についてその先輩と定義の確認をし、ちょっと理解が深まる。先輩とは実は同い年なんだけど、論理も知識も僕は下っ端。でもこういう人たちに囲まれて、意見が言えるっつーのは楽しいことだ。もっと早くこういう楽しさがあるよってことを知りたかったな。大学院に進んでも楽しかったろうに。後の祭り。
 その後みんなで食堂に行き、台湾ラーメンを食べる。
 そういえば最近、研究室内で台湾ラーメン不健康説が流れている。D2の先輩曰く、あれを3日連続で食べると痔になるとか。台湾ラーメンを食べたM2の先輩が昨日、便をもよおした折、ケツがぴりぴりと痛み、切れそうになったとか。
 何で辛いもの食べると痔になるんすかねーとか聞いたら、先輩曰く、ケツ穴の血流が増えるせいらしい。イマイチ信じ切れない僕。食った後、もよおすまでの間、そんなに尻血圧って上がったままなのかな? もぐもぐと辛みそを食いながらいぶかしむ。
 三時間後。早速もよおしてきたので、トイレに駆け込みふんばった。するとピリリ。尻に走る異常電流を検出。「おお、これか!」と感動しつつ、絶望した。体感してやっと分かる台湾ラーメンの脅威。論より証拠とはまさにこのこと。尻の痛みを知ることで、人は台湾ラーメンを自粛し、一歩大人へと近づく。どうでもいい。いってぇ。僕の尻どうなってしまうん? アーッ! とか言っておけばいいのかな?
 結局だましだましにやって、なんとか尻は守られた。危なかった。あと一欠けらの赤唐辛子が致命傷だったかもしれん。ぞっとしながらも、今日も今日とて実験室、クリーンルームへ。実験しながらこの日記を書く。クリーンルームで尻について書く感覚、悪くない。そんなこんなで実験終了。
 水曜午後5時はランニングと決めている。研究室内のメンバーで第三グリーンベルトのまわりを走る。M2、D2の先輩四人で走る走る。B4の先輩は、所在ボードのクリップが「学外」になっていた。逃亡の可能性あり。よっぽど走りたくないんだろうな……
 気持ちのいい感じで7週走って終了。ちょっと汗ばむぐらいが丁度いい。帰りに皆でファミマへ寄る。思わず三ツ星ミートスパに手が伸びそうになるが、必死に抑えた。空腹を我慢して帰った後の飯は、格段にうまい。空腹こそ最良の調味料。グリム童話でもそういう話があったな。
 帰りの電車内で、ノートに書き書き。エッセイを完成させる。原稿用紙換算で6枚。長すぎ。2日で書けた。こんぐらい小説の推敲も気合入れてやれよという感じ。ネットに載せたあと、時間があったら小説の推敲しよかな。たぶんやらない。眠い。

081118

 今日は朝起きたら九時になっていたのでギャースだった。先生からは、いつも九時半に来るように言われてるので、これでは完全にアウトである。まあ、アウトならアウトで仕方ないっつーことで、ゆっくり風呂入ってから学校へ。
 研究室に着くと、ちょうど先輩達が昼ごはんに行くところだったので、同行させてもらう。研究室来て早々にメシとは我ながらなめたB4だと思う。ヘルシーハンバーグ定食があったので、久々にラーメン以外に手を出す。うまい。野菜がうまい。というより、野菜にかけたシーザードレッシングがうまい。名大の食堂で一番うまいものは、シーザードレッシング。
 研究室に帰ると、ちょうど先生と鉢合わせして気まずい。ちょっとマゴマゴすると、「なんだい? 何か言われると思って身構えてるみたいだよ」とニヤニヤ言われ、図星。お茶目な先生だ。遅刻してすんません。
 午後は実験だ。装置の調子はすっかりよくなった。今日も見張り時間が多かったので日記を書く。
 実験終了。作ったサンプルの測定をかるーくやって家路へと着く。今日は七時に研究室を出れた。明日は作業がおすはずなので、こんなに早くは帰れないだろうな。……いや、七時だって決して早くない。むかつく。
 帰ったのが八時半。飯を食べながら録画してあったドラえもんを見る。おでんくん、ドラえもん、クレヨンしんちゃんと、金曜の鉄板番組は毎週全て録画してあるのだが、最近ではおでんくんとドラえもんしか消化できてない。クレしんは、時間があるときでいーやという感じ。とか言いつつ、時間があるのに観れてない。小説も同じ。時間があるときに限って書く気がなくなる。打ち合わせとかが迫って、切羽詰ってくると途端にクレしん観たくなるし、小説も書きたくなる。つまり、今の僕に足りないのは、ヤル気でも時間でもなく、忙しさだ。忙しささえあれば、もう少し充実した生活が送れるはず。我に七難八苦を! ……ウソ。苦しいのいやだよ。楽したいよ。昼からワイン飲んで脳がとろけるほど寝たいよ。ということで、何もやらずに寝た。久しぶりに11時前に床に着けたので本当に満足。僕だって、できれば早寝したいんよ。

Yちゃんの好み 【エッセイ】

 先日Yちゃんの誕生日だったので、いっぱしの彼氏らしくプレゼントをあげた。可愛い雑貨屋で買った白いティーポット。ポットの蓋には小さい黒猫の取っ手。側面には、Yちゃん好みの丸顔の黒猫が描かれている。これは絶対Yちゃん喜ぶはず、つーか僕が欲しい。確固たる自信のもとYちゃんに渡すと、案の定ものすごく喜んだ。
 そういえば、最近Yちゃんの好みと僕の好みがかなり一致してきたのを感じる。というか、僕がYちゃんの好みのものを、好きになるように洗脳されたといったほうが適切か。
 思えば、Yちゃんの買い物に付き合う度に、お洒落な雑貨屋に寄り、「これかわいい」などと言って、いろんな物を見せられた。初めは、「子供っぽいものをお好きで」などと斜に構えていた僕だったけど、何回も見せられるうちに可愛い……のか? という風に心変わりしていった。さらに、テレビ番組を見ているときでも、「あれかわいい」「これかわいい」と洗脳のように繰り返されるものだから、たまらない。
 そんな感じだから、次第にYちゃんが「かわいい」というものの雰囲気がわかってきた。ばかりか、それを心から愛するようになった自分に気づいて愕然とする。今では、Yちゃんに言われなくても雑貨屋に足を運ぶようになってしまった。女子大生みたいだ。
 さらに面白いことがある。Yちゃんが好きなものは、大抵僕も好きになった。ならば、僕が好きなものならYちゃんも好きかというとそうでもない。僕が可愛いものを見つけたとき、「可愛いー」と思いつつも、「これはYちゃん好きそうじゃないな」と同時に思うこともあるのだ。実際にYちゃんに聞くと、「これは好きじゃない」との答えが返ってくる。
 自分の可愛い観を保ちつつ、純粋にYちゃんの視線で可愛さのジャッジがくだせる。さすがに長く付き合ってくると違うなーと感じる。Yちゃんのプレゼントを選ぶ際には、僕ほど適任の人物っていないんじゃないかしら。
 そんな風に自惚れていると、先日。Yちゃんの家のキッチンに、可愛い猫の絵がかかれたカップがあるのを見つけた。聞くと、これまた誕生日に、親友のNちゃんにもらったとか。
 ぬぼーっとした表情を浮かべる、間抜け顔の猫を眺めながら、じーんと心打たれる僕。か、かわいすぎる。思わず、「Yちゃん。これ、僕のティーポットより可愛くね?」とYちゃんに聞くと、「ごめん。かわいい」との答えが返ってきた。正直カップを見た瞬間、僕の中のYちゃんが「負けた……!」と叫んでいた。Yちゃん好みの真髄といったプレゼントを前に、Nちゃん恐るべし、と思う。この猫ちゃんじゃしょうがない。
 明日で付き合って3周年。4年目の誕生日にはNちゃんに負けねえプレゼントを用意せねば。つーかNちゃん、僕にも誕生日プレゼントくれねえかなあ。主に猫系の何かを。

081117

 しつこい風邪もようやく治ったらしく、起きたらすっかり快調になっていた。久しぶりの電車。通勤ラッシュ。人ごみにもまれながら、マジ休みてえ。と思う。なぜ、治ってしまったんだろう……不謹慎なことを思っても後の祭り。しぶしぶ学校へ。
 研究室の先輩と会えて楽しかった。みんなで北部食堂でラーメンを食べ、これまた久しぶりにクリーンルームへ。実験だ。半導体たちよ、元気にしてたかね。
 実験を始める。しかし、どうも装置の使い勝手が悪い。何というか、記録される各系統の圧力だとかが、いつもと若干違う。何ぞ?
 先輩に聞くと、先週、僕のいない間に大規模な停電が起きたらしく、クリーンルームの装置たちは、どれも相応のダメージを受けた模様。というのも、たいがいの装置が装置内の真空度を保つために、ずっと電源が入れっぱなしになっているのだ。その電源が急に切れたとなると、不具合を生じてしまう。真空ポンプを起動しっぱなしにしている研究室の装置などは、特にダメージをうけたようだ。先生たちが集まって、深刻そうにウンウン唸っている。真空系内が油まみれになったか、ターボポンプの羽がべきべきに折れたか……
 幸い僕の愛機は、怠惰なことに電源を切ってあったので実害はなかった。ので、停電の影響は少なそう。久しぶりの起動なので、ちょっとだけ機嫌が悪いのか。人もモノも、適度に使わないとダメになるとか、森博嗣が言ってたけど、ホントだよなーとか思う。
 手間取りながらも実験。待ち時間に病気の間たまっていた日記を書く。今日は装置が不安定だったので、装置を見張りつつ、クリーンルームで書いた。自分のノートにボールペンで。最近はなんにでも文章を書く。土日のバイト中も、メモ用紙の裏にエッセイみたいなのを書いてた。いつでも思いついたときに書くってのが楽しいよな。
 実験終了。装置を立ち下げて帰るかっと。といってもこの装置の立ち下げがまためんどくさい。熱くなったところが冷えるまで待ってたり、流してたガスを処理したりと色々手順がある。めんどくせえーとか思いながら各種手続きを無心でこなす。
 終了。これで帰れると思った。ところがどっこい、ある部分の電源を切り忘れていた。そのせいで、そこの熱が冷えるまで1時間弱も待たねばならないという珍事。普段なら、ほかの作業と並行させてそこは処理してるのに、今日に限って忘れていた。時刻は夜の8時半。冷やすの1時間。そっからまた処理30分。10時帰りかよ……
 やっぱり人もモノも適度に使わなきゃだなと思った。休み明けで頭ボケボケだ。
 明日は早めに帰って小説を書こう。

081114

 朝起きたら未だ体調がすぐれず、微熱気味。原因は明らかに前日のセフィロス戦にあるのだが、もはや何も言うまい。
 昼までぶっ倒れるように寝て、起きたあと前日読み終えた「14歳のエンゲージ」を読み返す。が、面白くない。小説を二度三度読むと、新たな発見があって面白いヨーなどと人は言うが、それは間をおいて読むからいいのであって、連日にわたって再読するのは苦痛以外の何者でもない。すぐに飽きて小説を投げ捨てる。再び就寝。ぐー。
 すると、頭上に高校のときの図書貸し出しカードが落ちてきた。なぜ。今。貸し出しカード? 懐かしいカードに僕の名前が書かれているのを眺める。カードのタイトル部分には「14歳のエンゲージ」。……? ああ!?
 はっとしてさっき投げ捨てた「14歳のエンゲージ」に飛びついて、裏表紙を見やる。懐かしい「○○高校」の文字。これ……高校の図書室の本じゃん。なんと5年にわたる延滞である。図書委員の目をくぐりぬけ、しれっと本を借りパクしてる。……これがゲオの延滞だったら、偉いことになるとこだった。あぶねえ。いや、そういう問題じゃない。
 いずれにせよ、この本は返しておかないとダメなので、近日中に母校に帰しに行く予定。部活の後輩を指導に行くでもなく、世話になった先生に挨拶に行くでもなく、ただ図書の本を返しに行くためだけに5年ぶりに母校を訪れる卒業生ってどうなの? 馬鹿なの?
 もし僕が借りパクしていた五年間のうちに「14歳のエンゲージ」を読みたかった後輩がいたとしたら、本当に申し訳ない。それを思えば、この程度の辱めは受けて然るべきなのかもしれない。
 さらに図書カードを見てみると、面白いものを見つけた。貸し出し者氏名の欄。僕の名前の上に、大学一年のときに付き合ってたHさんの名前があった。何という「耳を澄ませば」。
 当然僕は、「オレ、おまえより先に図書カードに名前書くため、ずいぶん本読んだんだからな……」という甘酸っぱい思惑などなく、同じ高校だったというものの、その当時はHさんとは会ったこともなかったので、単なる偶然なのだが、こういった形でHさんの名前を再び見るとは驚きだった。
 とともに、Hさんとの甘酸っぱいどころか、どす黒い記憶の波が僕の胸を押しつぶしてきたので、やはりこの本はキチンと返却せねばならんという気持ちになった。

081113

 前日の風がどうも悪化したらしく朝起きると体がだるい。今日はM2の中間発表があるので、欠席はしたくなかったのだが、体が言うことを聞かず結局昼まで布団に磔。ルルを飲んで谷村志穂の「14歳のエンゲージ」を読みながら寝そべる。
 「14歳のエンゲージ」は90年代初期の高校生不良グループのお話。時代が時代だけに、ヤンキーの描写が面白く、男は髪にポマードを塗りたくるし、女はめちゃめちゃにスカートを長くするしで、時代だなあとシミジミした。シンナー遊びのことをアンパンと呼んでいたのも印象的。アンパンと呼ぶヤンキーって今いるのかな……知らないけど。少なくとも、僕のまわりにいるヤンキーはそんなこと言ってない気がする。
 そういえば、ファミコンソフト「ダウンタウン熱血物語」で、店屋にあんぱんが売ってたけど、あれはアンパンの隠語だったのかもしれん。くにおくん不良だし。小学生のやるゲームにアンパン。
 夜になって熱が下がった。あまりに寝すぎたせいか、目も心もぎらぎらしていた。元気が有り余っていたので、Nさんから借りた「キングダムはーツ2」をやる。レベル50でセフィロスに一騎討ちを挑むが惨敗。その後装備を変え、アビリティを変え、あらゆる戦法を試す。セフィロスの体力ゲージ残り2本まで追い詰めたときに、くだらない霧攻撃で死んだときは、気狂いのアメリカ人ゲーマーの如く長い咆哮を発した。
 そんなこんなでセフィロスに負け続けること、のべ92回。ふと、「あれ? 頭いたいなあ……」と思ったので熱を測ってみたら、37.5℃あった。恐ろしい。セフィロスじゃなくて愚か過ぎる自分自身が。

大人の病欠 [エッセイ]

[本日(11月12日)三本目の更新]
 体がだるかったので、研究室を早退した。
 いつもより大分空いた電車に乗って漫然と揺られる。ああー、鼻はずっとズクズク言ってるし、クシャミは頻繁に出るし、食欲はないわで、いよいよ風邪らしくなってきたものだな。とヌボーっと考えた。そういえば、さっきトイレに行ったとき、自分のチンコを見たら、めちゃめちゃに縮み上がってて、棒というよりは玉みたいになってた。パッと見、三つキンタマがあるみたい。チンコのサイズと体調は密接に関係する。体調が悪ければ、チンコも小さくなる。これは僕の持論だ。ついでに言えば性欲もなくなる傾向にある。「傾向」と、あくまで濁した言い方をしたのは、中学2年のときの判例から。インフルエンザだったにも関わらず、週刊宝石のヌードを見ながらオナニーした経験があるので、傾向とぼかした(ちなみに、その後僕は三日三晩タミフルもびっくりの勢いで生死をさまよった。精子だけに)。あれは、若さが病気に勝った唯一の例外だったと思う。……話がそれた、とにかく体調が悪くて早退したってこと。
 そういえば小中高と、早退するときは嬉しかったものだ。らき☆すたの主人公、「こなた」も、熱が出たときは「イエス!」とか言ってガッツポーズしてたし、ちびまる子ちゃんの「まる子」も、熱が出たときは大っぴらに休めるからいいねえ、ひひひ。とか言ってた気がする。かなり気持ちが分かる。
 誰のお咎めもなしに一日中寝てられるし、ちょっとセキをすればみんな優しくしてくれる感じ。あと、親たちがいない間に、こっそりプレステなんかをやるのも楽しかった。平日の昼の1時にやるプレステは、格別の味なんだよな。そうやってる内に、風邪が長引くのも、休みが増えたみたいで嬉しくて、そんなんだから生死の境をさまようんだろうと思う。今は反省してる。
 で、今日。家に帰って体温を測ってみたら案の定熱があった。そのときに、思わず「ああー……研究が遅れる」と素直に感じたとき、「あ、俺。大人になってる」と思った。
 そうだ。大人の病欠とは本来こういうことだよな。ドラえもんでも、パパが風邪ひいたとき、「会社が……会社が……」とフラフラになりながらも会社に行こうとするシーンがあった。大人ってーのは、やらねばならんという責任感でもって、体調不良をおしてでも何かをなそうとするんだよな。そういう感覚が、今の今まで僕には欠如していた。だから、極めて自然に自分の研究を優先しようとする気持ちと、体調不良を嘆く気持ちが出たことに、驚いたのである。休めてラッキーなどという僕はもういない。ちょっとは大人になったな、僕。
 でも、唯一残念なのは、このように熱でフラフラだというのにブログを書いてる点だ(しかも、本日三本目)。大人はそんなことせず、まっすぐ病院行って、クスリのんですみやかに寝るもんだ。やっぱりまだ僕は子供? 大人? どうでもいいよ。で、すぐどうでもいいよとうっちゃっちゃうやつが、大抵子供だったりするんだよな。

081112

 朝起きてよっと体を起こすと緑色の鼻水がうにょーんとつららのように伸びてきて布団に直撃したものだから頭が痛くなった。緑の長い鼻水が暗示する言葉、体調の悪化。頭でそう理解するととたんに体も重くなってきて、ほんと、病は気からだよなーとか思う。
 だるい頭を抱えながら、朝ごはんのバナナを前に、ぬぼーっと体温を測る。デジタル体温計。ぴぴぴ。デジタル様が指し示す温度は35.8度。なんぞ、平熱ジャン、オレ頑張れがんばれ。と気持ちを病モードから健常モードに切り替えようとするが、体のほうはいっこうにダルく。やはり病は気からなんてウソかもしれないなと二転三転。
 あー、だるい。おまけにチンコが痒い。そういえば、昨日風呂に入ってねーわ。満員電車にぎゅうぎゅう押し込められながら、漠然と思い出す。ももひきをはいたまま寝てしまったので、ムレることムレること。きっと今僕の睾丸内は、死んだ精子でいっぱいなんだろーなーとか思う(精子は温度に弱い)。頭が回らない。
 すると、ぼーっとする脳内とは対照的に、腹がひどく暴れだした。満員電車内。名大駅まで、あと20分? ぐうう、ぐううと唸りながら、怪しく満員電車内で我慢する僕。あああああ。漏らしたら、もうそのままぶっ倒れよう。熱出てぶっ倒れて、その拍子にウンコ漏らしたという体にしよう。そうしたら誰も冷ややかな目では見ないはずググググググ。
 敗戦処理を考え始めたら試合終了である。もはや我慢して大学まで辿りつくという、勝利の可能性は1パーセントも残っていなかったので、やむなく新栄町で下車、走る。すると、トイレが改札の奥ではなく、ホーム内にあった。ナイス新栄町。二度目の大学入試のとき。同じ状況で伏見駅に降りたときは、トイレの存在すらなく、名古屋の地下鉄はクソと思っていた僕だったが、こんな地味なところに優等生はいた。新栄町という優等生が。どうでもいい。急いで駅のきったねえトイレに駆け込む。
 トイレ内でなんとか試合を引き分けに持ち込んだ僕は、ふっと安心。やれやれとペーパーストックに手を伸ばすが紙がない。ええええ。そんな使い古されたオチいらないよー。と涙目。ここで間違っても、「ブログのネタになります☆」とか言う大馬鹿発言をフォント32ぐらいにしてでかでかと書いてはいけない。ネタになるとか馬鹿か。残るのはむかつきのみである。
 なんとか代用品を探すべく、自分の持ち物を脳内でイメージしてみる。風邪でボーっとしていたはずなのに、いやに冷静だったのが不思議だった。持ち物は森博嗣のエッセイと、筆箱。あと千円札。それだけ。
 千円札でしりを拭くのはいかにもブルジョワジーで、風刺画になりそうな趣すらある。「紙がなくて、お尻が拭けないワ」「ほら、きれいになったろう」みたいな。それはそれで一興だったのだが、汚いのが問題だ。尻穴から、なんらかの悪い菌が入らないとも限らない。
 すると残りは森博嗣のエッセイのみとなる。
 唐突だが、僕は森博嗣が大嫌いだ。スかした態度がメチャメチャにむかつく。なのに、エッセイ自体は面白く、読むのが止まらない。さっきだって、腹が痛いにも関わらずエッセイは読んでいた。作家自体は嫌いだが、作品は好き。なんとも不思議な感じである。
 しかし森博嗣自体は依然として嫌いなので、なんだか森博嗣の本で尻を拭くことに、かなりの楽しみを感じた。しかも、森博嗣は元・名大助教授とのこと。元・名大助教授の書いた本が、名大のクズ学生によって汚される感覚。僕は興奮でうち震え、ニヤリとする。所詮負け組のくだらないやっかみなのだが、くだらなければくだらないほど僕の心は満たされる気がした。
 「俺のクソをくらえー、ひろしー!」と心の中で叫びながら、既に読んだページをペリッとやぶろうとした刹那、忘れてたように、ペーパーストックの奥から、コロんとロールが転がってきた。なんだ、ひっかっかってたのかよ……心の中で、森博嗣が「ちゃんと確かめればよかったね。残念」と得意顔でのたまった。はい、先生。
 森とウンコとの死闘を終えた僕は、それでもなんとか定時に席につくことができ輪講開始。輪講は自分の担当じゃないときは、どんな講義よりも楽しい。やっぱり研究につながる勉強はサイコーだな。
 が、しかし体調の悪化著しく、昼ごろで研究室を早退し、日記を書いてる。今日はもう一回エッセイなどを書く予定。体調の悪いときほど趣味に生きたくなるんだよ僕は(小説の推敲はやらないが)。

081111

 朝からノドが痰がらみで、かーっぺ、かーっぺって唾吐きたくて仕方のない寝起きだった。煙草ビギナーの僕は、ははあ、これが煙草を吸う人の害悪だな。だからヘビースモーカーのおっさんとかは、やたら路上で痰を吐くわけな。へーなどと、感心した。
 したら午前中。実験をすすめながら、軽く輪講資料の英訳などをやっていたら、痰だけでなく、くしゃみもやたら出るようになった。おまけに鼻は垂れるし、ちょっとだるいしで、あ、これもしかしたら煙草じゃなくて風邪かもしんないと気づく。冷静になって周りを見ると、研究室内でも鼻水をズズズと啜る人が多くなったような気がする。季節の変わり目だからなー。なんかこう、いっせいにみんな風邪になるなんて、野良猫の集団みたいだなと思って少し笑えた。猫のグループも人間のグループも寒くなったら、みんな鼻水で鼻をぬらす。
 午後は、昨日の分の日記を書く。昨日の出来事だと、忘れてる部分が多いので、今度から日記はその日のうちに書こうと決意。今現在11日の日記を12日に書いてるので、つまり今日は2回日記を書かねばならない。
 その後実験終了。今までうまくいかなかった実験だったけど、思い切って条件を変えたらできるようになった。明日からバリバリやるぞ。
 久しぶりに早めに帰れたので、さあ小説でも推敲するかと思ったが、体調が著しく悪くなってきたので辞めた。最近書いてない。全体の80%ぐらいまでは終わってる。あとの20%も、既にどのように修正するかの構想もメモしてあり、あとは書き進めるだけなのだけど、いかんせん書き出すのが難しい。研究で忙しいとか、バイトがうっとおしいとかそういう言い訳もできるが、やろうと思えばできるんだろうなあというあたりに、自分の怠惰さを感じる。鼻水がひどいので、このまま寝る。風呂は朝でいいや。

081110

 今日は憂鬱になりがちな月曜だったのだけれど、前日ぐっすり寝たおかげで気持ちよく起きれた。先生に言われたとおり、9時半前に研究室に行き、ようようどうよ、今日はめちゃめちゃ早く来れたよセンセーとウキウキで研究室入ったら、先生来てない。褒められる行いをしたときほど、上は見てないものよな。とガックリ。と同時に、たまーに早く来たぐらいで、褒めてもらおうとしている僕の感性にも愕然とし、二重にガッカリ。なんだ僕は、不登校児が頑張って学校に来たときのノリになっている。
 当たり前のことを当たり前のこととしてできる人たちを尊敬しつつ、実験、実験、実験。合間に土日分の日記を書いた。
 学校終了。すっかりさみいな……なんて思いながら、名駅で電車に乗り、ゆらゆらとつり革で立ってた。したら、前の座席に、バイト先の女子大生Nさん(昨日の日記のSキャラ)がいたので、びびった。昨日一緒にバイト入ったばかりなのに、こんなひょんなところで会うと、少しキョドる。よおと声をかけ一緒に帰る。
 電車に揺られながら、Nさんの就活の話などをし、就活の先輩としてなんやかや偉そうにアドバイスなどをする。自己分析がどうのとか、セミナーの様子だの、SPIはいつからやったらいいだの、Nさんが聞いてくることに、さもそれっぽく答える自分を客観的に見るにつけ、ああ、僕もつまんねー奴になったもんだなと思う。
 しばらくすると、Nさんが「すいません、マリオカートやっていいっすか?」などと言い出したので、いいよいいよ、じゃあ俺小説読むわということで、Nさんはマリオカート、僕は小説と自分の時間を過ごす。つっても、Nさんが二分に一回ぐらいチョッカイをかけてくるので、おめーマリオカートやれよ! っつってお互い集中を欠く。うーむ、でもなんだか居心地がいい。中途半端な友人と電車で会ったときの気まずさは尋常じゃないけど、こうして気の合う友人と、適当に過ごす帰路はけっこう格別だ。高校以来だなこの感覚。
 一緒の駅で降り、Nさんは車、僕は自転車なので、そこでお別れ。じゃーまたバイトで。お疲れさまでーす。Nさんの揺れる乳を見ながら、「あー乳もみてえな」と純粋に思い、男女間の友情っつっても最終的にはちんぽに帰結すんなあなんて思う。男女間の友情を声高に叫ぶ男たちは、こうしていつもちんぽを理性で抑えながら、「俺たち、一緒のベッドで寝ても、絶対何もない。気の許せる女友達って、大事だよな」とか悦にひたるんだろうか。少なくとも僕は友情だとか愛情とかそういうの別にして、乳がもみたい。最後はちんぽだ。
 家に着く。すると、靴を脱ぎ終わらないうちに母親が玄関に走ってきて、開口一番、「あんたまた変なもん買ったね!」つって、妙な封筒を見せられながら怒鳴られる。なんぞと思ってその封筒を受け取ると、何やらダイレクトメールのよう。昔、変な通販でだまされた経験のある僕は、こういう通販関係のことになると、めちゃめちゃ親に心配される。無論、今ではそんなことはないので、何も買ってねーよ、単なるダイレクトメールだろ。っつって冷静に返すと、母親、心配なので一応確認してくれとのこと。やれやれ。
 封筒を開くと、三枚ほど広告が。「幸せの源泉、あなただけにお届けしました! チベットの三宝!」との煽り文句とともに、ED治療薬の説明と、申し込み書が同封されていた。苦笑しながら、「俺にはあと50年ぐらい必要ないわ」と母親につき返すと、母さん、ED治療の広告をしげしげ見ながら顔を赤くして絶句してる。やっぱり最終的にはちんぽだよな。

081109 【僕はいたって】SとかMとか【まじめです】

[最初に言っておきますが、僕はいたってまじめに書いてます。あとキチンと仕事はしています]
 日曜なのに今日も今日とてコンビニでバイトでしたよん。ふざけるなー。
 でもまあ、まったく気を使わない、入って2年目の女子大生Nさんと一緒だったので、クサクサとした気分も幾分和んだ。最近は、当然のようにして、昼間の忙しい時間帯に独りで店番をやらされていたので、いざ二人で仕事したときの楽さといったら半端なかった。やっぱり二人はいいよーなどと、ホクホク顔で勤務してたんだけど、よく考えたらこれが普通の状態だということに気づき、再びコンビニに対する怒りを燃やす。
 で、暇な時間になる。ここで手持ち無沙汰な空間を、バイト同士でどう埋めあうかという、「インストール」の主人公みたいな葛藤に悩まされる場合が多いんだけど、今日は相手がNさんなので、本当に気を使わない。なんていうか、いきなり「ウンコもれたー」というカミングアウトをしたとしても、「ふーん」で済みそうな雰囲気がある。お互いに、脳みそを一ミリも使わずしゃべっており、ただ思考の流れるままに会話している。「こう言ったら怒るかもしれない」とか、「どう反応したらいいんだろう」とか考えることは一切なく、安心しきった関係が実に心地いい。コンビニ自体は大嫌いだけど、こういう気の許せる友達ができて、本当にここのバイト入ってよかったなあとシミジミする。
 ところでNさんは僕をよく叩く。冗談めいた調子で叩くので、あんまり痛くもないのだが、たまにクリーンヒットするときがあり、そういうときはちょっと痛い。ここで、「変態!」とか思わずに聞いて欲しいのだけれど、僕はそのNさんによる、暴力と冗談すれすれの殴りが嫌いではなく、むしろ大好きであることを告白する。痛いのがきたときに、「あ、ごめんなさいいいーペコリ」となるNさんもたまらない。これは、たぶんに僕の性癖にM気質があるが故で、女性から殴られるのが嫌いではないというところに起因するのだろう。
 しかしよくよく考えてみると、どうもそれは正確ではない。というのも、じゃあ女性なら誰に殴られてもいいかと言うと、そうでもないからだ。得体の知れない女に殴られれば、「なんだこのアマ」と悪態をつく自分が容易に想像できる。
 じゃあ、その得体の知れない女と、Nさんの間で何が違うのかと考えてみる。と、やはりこれは信頼感の違いであると思う。Nさんなら、何の照れや気負いもなく、存分に情けない自分がさらけ出せる。この人なら従ってもいいやフニャア(←ココ重要!)と思えるが故、自分の精神を容易にMモードへと移行させることができるのだろう。Nさんのことを信頼しきって初めて辿り着く境地である。
 逆にNさんは、この情けないモードの23歳にノリノリで殴ったりチョッカイをかけたりする。その表情には楽しさが浮かび、嫌悪感は一切感ぜられない。それどころか、頼んでもないのに隙を見てはM心をくすぐる何かをやってくる。、Nさんは他の人にはそういうことをやらない大人しい人種だというのもポイント。
 で、さらにここが重要なんだけど、ただただ絶対的に僕が、地位的にも、思想的にも一方的に下で、バイトでもやたらめったらこき使われてるのかと言えば、そうではない。4年目の僕と2年目のNさんという、先輩後輩の関係はきっちり守られており、時折接客の甘すぎるNさんに声を荒げることもあるぐらいだ(ていうか二年目なんだから、そろそろキチンとしてもいいと思う)。僕がMだから、向こうがSだからと言って、仕事上でもそういう関係にあるわけではない。そこはまったくの別次元だ。
 この一連の流れを見て、「これは恋愛なのでは?」という結論に至るほど僕はおめでたくない。断じてそれはない。向こうには何年も付き合った彼氏がいるし、僕は僕で恐妻になりそうなYちゃんが待っている。これは言葉では説明できないし、あえて言うなら空気で分かる。そんなんじゃない。ただ、互いを飾らずさらけ出せる何かがある。そこにSMの概念が絡んできたと僕は思った。
 江川達也が、「東京大学物語」で、地位とか名誉とか男とか女とかそういう飾り物を捨て、抑圧から心を解放することでSとMの関係が生まれるとかそんなニュアンスのことを描いていた。そら、信頼しきった相手じゃなきゃ、M側の人が醜いほど従順にはなれないし、ひいてはそのMを、Mモードにさせる何かがS側になければSMなんていう関係が成立するはずもない。
 そういえば、江川達也は作中でキャラクターに、「本当のSは、Mのしてもらいたいことを考えて、Mが気持ちよくなるように奉仕してあげることだ。そういった意味では本当の奴隷はMのほうではなく、Sのほうなのだよ」的な台詞を言わせてて、これはなるほどなと思った。
 昨今、SとかMとか軽いノリで若い男女で叫ばれてるのを見て、なんとなく嫌悪感を感じてたのだけど、こういうところに嫌悪の元があったのかもしれない。「俺はドS。だから彼女に冷たい」とか、「私はMだわー。いっつも暴力ふるわれるし」とか、こういう軽いSMの解釈を、声高に居酒屋で叫びあってる男女を見るにつけ、「相手のことを考えてこそのSMだろうが!」と憤りを覚える。ソフトなら必ず、たとえ、それが過激なハードSMであったとしても、Mのやってもらいたいことをちゃんと考えてSは実行に移している。
 ここまで考えると、勘違いS男、S女の扱いはめんどくさい。相手のことを考えず、ただひどいことをする傾向を、Sか何かだと思っている。この種の人を見ると、僕はMだけど、無性に瓶ビールを投げつけたい衝動に駆られるのも、あながち頷けるのじゃないかな(Mの間違った使用例)。
 でも、SMについてインターネットで調べてたら、「刃物や紐、自作の拷問器具を使って、自分を極限状態に追い込み、そこでオナニーをして快楽を得る」という形の、相手の介在しないMも存在して、僕はお手上げでした。さらに言えば、それで死亡事故なども起こっているらしく、他殺との区別がつかないとか。そういうとき、他殺かプレイかを分ける証拠は、「射精痕の有無」らしいっす。アホか。
 結局、SMを一口に語るのは無理ということが分かった。だから居酒屋で軽くSとかMとか語るなよって話。それをNさんにちょっかいをかけられながら思ったんだふにゃあすいませんすいませんすいませああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

081108

 平日研究室で頑張って、さあ土曜のお休みやでえと言っても、容赦なくバイトが昼から夜まで入ってて休まるどころかむしろ疲れるわ、という感じなんすけど、がんばってコンビニバイトやってきた。
 平素、二人のバイトでまわすはずのコンビニも、人手不足のため最近は一人で回すことが多くなった。暇暇言ってるコンビニだけども、深夜でもないのに一人でやるのは本当に苦痛で、辞めたいこと社会人2年目の如しなんだけども、昼飯代と定期代のために頑張る。
 頑張ると言っても、適当に店のルーティンワークをこなしたあとは、てんでやることがなくなるので逆にそれが困る。僕の仕事内容は、暇つぶしを探すことに終始する。で、暇つぶしと言えば人間観察というわけで、今日は色んなお客さんを眺めながら、メモ帳にその人の特徴などをメモしていくという文章スケッチが主な仕事だった。
 特に今回収穫だったのが、女子高生のスケッチ。制服やリボンの色、髪質やらシャンプーの匂い、ソックスの長さがどのくらいか、または色は? 靴の形態は? 太もものはじけ具合とか肌質はどうだとか、細かに文章にしてノートに書き溜めることができた。ここで、変態ーとかそういう当然の反応はいらない。というか、そもそも僕は小説の能力向上のためにこの文章スケッチを行っているのであって、これはカッコいい美大生とかが、女性のヌードデッサンをするのと同じく、なんらそこにエロスは介在しないので、変態だなんていわれる筋合いは毛頭ない。
 まあいい。で、観察してて思ったんだけど、女子高生ってエロいのな。なんつーか顔面がギャースな感じになってても、制服を着た体の、フォルムと配色がエロい。未熟と大人の境界線上にいるっていう、あいまいな感じが実にグッド。あれで、少し大人びて18歳を過ぎてしまったりすると途端に女子高生というよりコスプレ女子「校」生という感じになってしまうし、逆に15歳以下のガチロリになってしまえば、気後れするぐらいの犯罪臭によって、途端に駄目になる。
 いきすぎると駄目、早すぎても駄目。こうして女子高生として、一番輝く一瞬について考えるにつけ、これは桜の見ごろなんかと通ずるものがあるなあと感じる。桜も、「もう少し咲くと満開だなー」と思っても、ストーップっていう瞬間は一瞬で過ぎてしまい、あとは散っていくばかりだという(「あたしンち3巻」)。これってまさに僕の女子高生観と一致してて、女子高生にせよ桜にせよ、輝く一瞬ていうのは、そんぐらい短く、あいまいで、微妙なバランスの上に成り立ってるんだよな。
 そういった話とからめると、「女子高生」というワードにもなんとなく日本の哀愁と美意識を感じるじゃない? だからもし娘などに名前をつける機会があったら、「女子高生」を象徴する漢字を一字だけ入れ込みたいなあと思った。はかなくてもいいから、一瞬の輝きを放って欲しい。そして願わくば、はかないが故の美しさも備えて欲しい。そういう親心を汲んで、「桜」という漢字に次ぐ、最高の一字を! と、思ったのはいいんだけど、女子高生を文字で表すってどんなんだろう? と思案した結果、ブルセラという単語が第一に浮かんできたので、やっぱり僕は変態ということでいいです。