「岐阜県関市 ~ 岐阜県郡上八幡」
朝だ。いや、ほんとこの漫画喫茶神懸かってた。シャワーはあるわ、
寝れるわネットはあるわで、ほとんど家にいるようなもんだった。
バカマラソン中に肉欲企画見れるとは思えんかったよマジで。
そんなこんなで2日目、岐阜県関市から出発です。心配された足の疲労も、ないに等しい。
快調に飛ばせるかと思いきや、たいしさんが言った。
「歩こう」
アホかカス! とは言わない。当然のように僕はそれに同意した。なぜって?
なんかさー、さっき漫喫で食ったカレーがさ、暴れてんだよね。胃で。もうギャンギャン。
たいしも同じくさっき食ったものが暴れているらしく走れない。
あったかい寝床で寝、文化的な食事を食べ、そして満腹で歩けない。
バカマラソン史上、これほど過保護な理由で走れないのは初めてです。
今「バカマラソン史上」とか気持ち悪いこと言った。
「あのさ、ゼネラルの看板のさ、「ゼ」のとこから走ろうぜ」
「まじっすかー、「ゼ」っすか~? 「ゼ」は近いっすよー、「ゼ」は」
1回怠慢っぷりが発揮されるとなかなか気力が戻らないのがバカマラソン。
僕らは持ち前の怠慢っぷりを最大限に発揮、
しばらくは歩いて景色を楽しもうと洒落こんだ。やべー、歩き最高。
昨日まで名古屋にいたのが信じられないくらいの田舎っぷりである。
景色はのどかで最高だけれども、僕らの気持ちは次第に落ち込んでいく。
「なんのためにここに」という思いで沈んでいく。
しばらく歩いていると、青看板が見えてきた。次の目的地である郡上八幡まで37キロ。
分かってるか、37キロだ。徒歩で、だ。
「だいたいフルマラソン一本分……か」
「やあ、遠いねえ」
一体この調子で何セットフルマラソン走れば白川に着くのか……
漠然とした不安が二人を支配する――むしろ最初からその不安はあった――が、
ウジウジしてもいられない。昨日よりペースをあげてがんばらなければならない。
僕達は再び走り出した。
ちょっと走ると山道に差し掛かった。
アップダウンのきついこの長いロードを二人はもくもくと走った。
景色が非常にいいが、二人にはだだ長い道が憎くて仕方がない。
きちんと休んだとはいえ、一日目の疲れは走りの随所に現れてくる。
ついに膝が痛み出した。この序盤に膝が。
「新首都 東京から東濃へ」
差し出がましいにもほどがあるこの看板を見ても、二人はノーリアクションであった。
日本の真ん中にあるから東濃が新首都だー、だなんて看板は主張していたが、
おそらくこのキャッチフレーズを考えた者でさえ「無理だわ」と思っていたことであろう。
そこに残るのは単なる恥。例えて言えば
酔っ払ってテンション間違っちゃったときの恥、そんなとこだろうか。
旅人の僕らですら無視、地元住民も無視、発案者ですら無視。
ならばこの看板の意味は一体……?
どうでもいい。今はただただ帰りたい。ここが首都だったら地下鉄とかで帰れるはずだ。
だが地下鉄はおろかビジネスホテルすらない。何が首都か。
数キロ走ったところで限界が見え隠れしたのでロウソンに入った。
ロウソンで塩っ気のある梅干のお菓子、蒲焼さんを購入。
もっしゃもっしゃ食べてそのまま縁石をベットにゴロン。
腹毛が見えてるがまあ気にしない。
そのまま空を見上げるとトンビの鳴き声が「ピー、ヒョロロロロー」
うわあ、すっげえのどか。何が首都か。
縁石で寝てたら、車が駐車してきたのでびびって落ちた。痛い。
ギブアップするにも交通機関がないので走るしかないない。僕らは走り出した。
道行くドライバーたちが、僕らを片目で見ながらニヤリと一笑するのが分かる。
一日目であれば、「今、笑われたぜ。へへ」みたいにたいしと恥ずかしがったりしたのだが、
それすらもうめんどくさくなってきた。歩道が狭くて怖い。
道の右には、温泉宿。これがバカマラソンでなければ、
僕もたいしも喜んで入るとこなのだろうが、これはバカマラソンである。
さぼったおかげで山道で夜になり、野宿するなんてことにもなりかねない。
距離の貯金は多いほうがいい。僕達は目もくれず走った。
ここへきてトンネル出現頻度があがってくる。
このクタクタの状態で空気の悪いトンネルの連続はキツイ。
加えて高低差が激しいので、どんどん膝に負担がたまっていく。
膝の骨が削れていく感じがする。痛い。
また、大腿の筋肉が張り、足が満足に上がらない。
足をひきずるような形でどうにか走っている。
ここで僕はある発見をした。ゴシャゴシャ考えながら走ると疲れる。
何も考えず走ることが一番よいのではなかろうかと。
なので僕は恨みつらみはしばし忘れて無心で走ることに決めた。
視点はずっと前を走るたいしのケツにあわせ、自分の呼吸音のみを聞くことにした。
「シューッシュー、ハッハ」という呼吸音にあわせてたいしの揺れるケツを見る。
シューッシュー、ハッハ。シューッシュー、ハッハ。無心。
単調なリズムと単調なたいしのケツの動き。
次第に走りながら自分がトロンとしてくるのが分かる。催眠走りの誕生である。
実際、催眠走りのおかげでかなり楽に走ることができた。
いや、正確に言うと、疲れを忘れて走ることができた。疲れてた。
夜8時ぐらいになってなんとか郡上八幡の休憩場所に着くと、僕らは死んだように休んだ。
その休憩場所はなかなか秀逸で、食堂もあれば
温泉宿すらあるという至れりつくせりのスポットだった。
食堂に身を落ち着けると、僕はたこ焼き、たいしはウドンと餅を注文。
しばし休むことにした。
するとすぐに食堂の店主が店のシャッターを閉めだす。どうやら閉店のようである。マジか。
そんなことはお構い無しで僕らはゆっくりと食べ続けた。
どうやらこの食堂スペースは24時間あいているらしく、
一応僕らはここにいてもいいようだ。
微妙にあったかいこの場所が24時間開いてるとは……
格好のホームレススポットだな、とか思ったがこんな寒いところにホームレスはいない。
そうこうしてるうちに店主が帰る。たいしのウドンのどんぶりを回収せずに帰る。
どんぶりはどこに返せばいいのかな。
どんぶりは放置して僕らは周囲に休めるところがないか探した。眠いのだ。
実は僕とたいし、今までほとんど寝ていない。
前日の漫画喫茶ではまったく寝ることができなかった。
暖房がうるさすぎたのと、走りすぎて体がクールダウンせず、眠れなかった。
なんか横になってる間、ずっと脈が早かった。体が走る仕様から抜け出せていなかったのだ。
なので寝たい。僕らはここで長期休憩をとるつもりだった。
泊まる、とまではいかないが4時間は寝る。そんなわがままを適えてくれる場所を探した。
あった。ラブホである。男二人でラブホに入る恥ずかしさとか、
そういうのは既に超越していた。
むしろ、ホテルの店員さんに見せつけてやろうぜぐらいの勢いがあった。
僕は店員さんの前でたいしにぴっとりくっついてやる予定だったし、
たいしは「道具とかって貸し出ししてないっすか?」と聞く予定であった。
ストレス解消に店員さんをおちょくりたかった。僕達ゲイでーす。
なのに店員さんは、僕らが入店してもウンともスンとも言わない。
むしろ、誰も対応に出てこない。自動式かと思えば、そうでもない。
確実に店員さん経由で部屋に入らねばならないシステム。なのに店員さんはいない。
不信に思ってホテル内で大声で
「すいませーん、休憩したいんですけどおおおお!」
と叫んでみたら、風呂場から声がした。
「あー、すんません。むこうから勝手に入っといてー!」
店員、風呂に入ってやがる。2時間5千円という微妙に高いとこだったし、
なんか萎えたのでここで休むのはやめた。
そこで近くの温泉宿に行き、休むことにした。泊まるのは勿論無理であったが、
温泉には入れるようだ。しかも深夜0時まで開いているらしく、
4時間の休憩希望の僕らにとっては願ってもない場所だ。
僕らは温泉用具一式を買うと、競って温泉に入った。
温泉はかなり気持ちよかった。筋肉痛にもやはり効くらしく、
僕らはしばし旅の憂いを忘れ、温泉を堪能した。堪能してたら、たいしが急に
「サウナ行ってくる」
とか言ったのでびびった。ここでサウナは意味が分からない。
温泉で軽くマッサージして、ゆったりすると、足の疲れはものすごい勢いで回復した。
若い僕達は、日ごろ温泉の効果など実感することもないだろうが、
このときばかりは温泉の効果を切に実感することができた。温泉はほんとに効く。
なんか温泉に入ったら、俄然旅行気分になってきたので、
韓国式マッサージ(¥2,700)もやってもらった。
片言の韓国人っぽいおばさんに30分ぐりぐりやってもらい、
ますます足の疲労は回復した。インターネットもあったので、
今夜もまた肉欲企画を見た。面白い。
コーヒー牛乳を飲みながら、マッサージチェアに体を沈めていると、
脳内のバカマラソン的自分が語りかけてきた。
「これ、なんて旅行?」
うん、僕もそう思う。バカマラソン楽。白川近い。
言うまでもなく地獄はこれからであった。
二日目: 走行距離 45キロぐらい? 白川郷まで残り 約100キロ?
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