ナレーター「プロメンヘラの朝は早い」


 北海道札幌市。閑静な住宅街の一画。ここに一軒のアパートがある。プロメンヘラの仕事場である。
 社畜大国日本。精神疾患により医療機関に罹っている患者数は増加の一途をたどり、平成23年には精神患者の数は320万人にも達している。その中で有数のプロメンヘラとして名を馳せる男がここにいた。我々は、プロメンヘラの一日を追った。
 プロメンヘラの朝は早い。時刻は朝6時。飼っているウサギがガタガタとケージをかじる音が聴こえてくる。寝室からのそのそ出てきたのはプロメンヘラだ。
——朝、早いですね?
「ええ。まあでも目が覚めちゃうんですよね。こんな仕事をしているとね」
 さりげなく不眠を訴える言葉遣いにプロの技が光る。
「それにウサギの世話もしなきゃならないし。最近はこいつだけが友達です」
 そう言っておもむろにウサギのケージを開け、トイレの糞尿などを拭いていると唐突にウサギにかじられるプロメンヘラ。
「ウサギも分かるんですかね? このクズ人間がって」
 笑うプロメンヘラの顔には一切の自虐は浮かんでいない。ズシリとただただ沈んでいる。ここにもプロならではの表情があった。
 冷蔵庫を開けるプロ。取り出したのは卵と牛乳。プロは生卵に醤油と一味をかけるとそのまま一飲みする。牛乳にはプロテインが混ぜ込んである。
「ロッキーで、5つ、いや6つかな。生卵を飲むシーンあるでしょ。あれ、あこがれてましてね。プロテインと牛乳も飲む事で筋肉増進を図ってます」
——体、鍛えてるんですか?
「ええ、やることもないので」
 仕事へ向かう妻を見送り、金魚にエサをあげると、プロはおもむろにリビングに掃除機をかけ始めた。
「綺麗にしとかないと、嫁がやっぱいい気はしてくれないんですよ。プロがいても正常な家庭生活を保たねばならないっていうジレンマがありますから」
 掃除が終わると寝間着のジャージのまま外へ出かける。
——これからお仕事ですか?
「ジムですよ。この生活、体が資本ですからね。何もしないでボケっとしているのは時間がもったいないです。それに」
「世間様に申し訳がなくって。僕なりのエクスキューズです。何かやってるぞって。ただ……」
「プロならエクスキューズ探しなんかしないんだろうなって。プロは存分にダラダラできると思います。ここが」
「プロとアマとの境目なんでしょうね」
 プロの顔が曇る。
 ジムで汗を流し帰ってきたプロメンヘラはすぐさまユニクロ一色の服装に着替え始めた。
——これから仕事ですか?
「いえ、通院です。精神科にあと一ヶ月休養が必要ですっていう診断書を書いてもらうんですよ」
 プロメンヘラが運転する車内。車内には落語が流れていた。
——診断書って言いますが、そんなに簡単に出してもらえるものなんですか?
「ええ、正直言ってザルです。向こうも商売ですしね。簡単なアンケートと口頭答弁だけで診断がくだります。答弁では演技力が必要ですね。いかにも陰鬱な表情を見せるのがコツです。というか最終的に向こうが『どうする?』と聞いてくるものですから」
——どう返すんですか?
「『休みます』と答えるだけでOKです」
 そう笑うプロメンヘラの横顔には、休職で迷惑をかける様々な人に対する申し訳なさ、そういったものはみじんも浮かんでいなかった。ここにもプロならではのメンタルの強さがある。
「最初はね、あー申し訳ないなー。とか思ってたんですがね。ただ、長くなると、ね。それを当然のモノとして受け取らないとこっちも気が保たないんですよ」
——そんな自分をどう思われますか?
「ええ、クズですね(笑)」
 そう言って診察室に消えて行くプロの背中は丸まり、いかにも不健康そうであった。こうしたちょっとした移動にもプロは一時も気を抜かない。気を抜かず不健康のマントをかぶる。
 30分後。
 診断を終えたプロメンヘラが戻ってきた。浮かない顔である。
——診断書はもらえましたか?
「……」
 プロメンヘラはカメラを手で塞ぎ、撮るなとの意志を示してくる。不機嫌な顔。急いで乗り込んだ車内には楽太郎の声が響いている。
「俺、楽太郎きらいなんすよね」
 自宅に戻ってきたプロメンヘラは薬を飲む。テレビにはジャッキーチェンの「酔拳」がながれている。レンタルDVDだ。その間に昨日の晩飯の皿を洗うプロ。目線の先はテレビから離さない。プロらしからぬ平行作業だ。クルー達の間に困惑の空気が漂う。
——病院はどうでしたか?
「……説教、くらいましたよ。あんた、そらいくら休んだって変わらないよって」
 皿洗いを終えた後、またいつもの寝間着のジャージに着替えて再び外へ出るプロ。ここでもプロらしからぬ行動力である。いったいどうしてしまったというのか。
——どこに行くんですか?
「温泉」
 そのままクルーを残して独り温泉へと向かうプロ。我々クルーも別のロケ車で後を追う。プロはそのまま姿を消した。
 我々がようやく探し出した温泉の休憩室にプロはいた。浮かない顔でカレーを食べ、コーヒー牛乳を飲んでいた。
——病院の診断はどうだったんですか?
 プロはようやく重い口を開く。
「それだけ外出したりモノを書いたりできるんであれば正常ですよと……言われちゃいました」
「いわゆる戦力外通告でしたね。あぜんとしましたよ。僕はただ診断書をもらいたかっただけなんです。それがこのざまですよ。それに、この長かった選手生命が終わっちゃうと思うと」
 プロは一瞬だけプロらしい沈んだ顔をのぞかせた。
「くやしくてね」
 現在。鬱病を模して診断書をもらい、働かずに会社から給料をもらういわゆるプロメンヘラが社会には横行している。今回われわれが取材したプロもその一人だが、彼の選手生命は絶たれようとしていた。しかし彼はできうる限りプロを続けると我々に話す。今後も彼のプロ生活は続く。彼は別れしなにこう呟いた。
「次は社内ニートを狙うしか……」
 彼のプロとしての生活は更なるステップへすすもうとしていた。

ナレーター「プロメンヘラの朝は早い」」への2件のフィードバック

  1. 何か申し訳ないけど面白かったw
    特に診断の最後にどうするか聞かれるの下り。
    引きこもり時代を思い出したヾ(´ー`)ノ

  2. プリパラおじさん
    よかった! 頑張って書いたんだよこれ! 本家の雰囲気に似せるためにいっぱい動画観たもん。
    というか君もよくあのネトゲの世界から帰って来れたよな。ほんと

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