ヘアスタイル By Y平

 前髪を切りすぎた、気が、する。いや、確実に切り過ぎている。鏡に映る我が顔を見ながら僕は先日行った美容室の、スカした美容師を思い出し憎憎しく思う。なんだこの髪形は、なんだこのブサイクは。
 場面は先日の美容室に移る。僕が適当に美容師に注文を施すと、ヤツはクビを傾げながら言った。「前髪はも~うちょい、切ったほうがいんじゃないっすか?」だなんて、今にも語尾に「サーセンwww」とか付けちゃいそうな軽薄なトーンで言った。
そのトーン、言い方、顔の表情から伺える情報を読み取り、言葉に含まれる裏の意味を熟考すると、だいたい僕を馬鹿にしている感じで結論が下った。つまり「自分、髪のプロっすから。あんたの前髪論は間違ってますから。このダサ坊が」というようなニュアンスが言葉の節々に感ぜられたので、思わず、「やっぱそっすよね~。じゃあ切ってください」などと返答する。
 しかしただ折れるにしても、負けたくない気持ちがあるので(一体誰に?)僕はさも、ヘアスタイルに関していくらか造詣があるようなフリをして答える。その手もありますね、みたいな論調で返答する。
 美容師さんはその分かってる風の顔したダサ男に向かって、「っすよねー。(そうですよねの意)じゃあ切ってぁーす。(切ってきますの意)」などと軽い言葉を吐き散らかした。その軽々しい返事は美容室の壁のあちこちでこだまし、次第に空間を「どーせこいつ分かってねー」という裏の言霊で満たしにかかる。
 さてチョキチョキ切り出す美容師さん。彼は軽やかに、そしてどこか恍惚な表情で、舞うように僕のヘアを切り刻んでいる。その間中、僕は伏し目がちで、終始鏡の下のほうにあるシールばかりを見ている。
 なぜ鏡に写る自分を見ないのか。直視すればいいじゃない。鏡の中の自分を。一理ある。確かにそうだ。一方では、変身していく自身のヘアを見たい気持ちもある。しかし、見れない。それは変化していく自分を見て、「お、今の髪形、いいかも」というナルシスな表情を浮かべたくないし、見せたくない(当然ヤツに)という気持ちがあるからか。それとも逆に、変な風に切られてかっこ悪くなっていく自分を見たくないという、これまたナルシスな気持ちがあるからか。
 とにかくそう言った負の感情を抱きつつ40分ぐらい目を伏せて大人しくしている。そしてヤツが器具を取ろうと後ろなどを向いているときに、「今だ」とばかりにチラリと鏡に映った自分を見やる。前髪が短い。
 そんな短い前髪をあーでもないこーでもないと弄くるのは鋏を持った彼の仕事だ。右に流したり左に流したり。捻ってみたり、ファサファサと空気を含ませたり。しかし僕の前髪は彼の言うことを聞かず不恰好にクルクル回り、ただでさえブサイクな僕の顔に更なる負のアクセントを加える。チラリと鋏男の顔を見ると、難渋しているご様子。そら見たことか。
 そのシザーマンは確かにプロであった。髪についてもよく分かってらっしゃると思う。しかし僕の髪は特殊である。ネコッ毛、クセっ毛、そういった枠に囚われない、孤高の天然パーマである。彼(天然パーマ)と付き合うには、彼を変えようとする行為ではなく、彼に従う行為が必須である。彼を生かす努力をせねばならない。長すぎれば無為にモジャモジャし不潔な印象を与えるし、短すぎればテレビ版(ただし1980年代中期)のジャイアンのような様相を呈す。
g-an

 一センチニセンチの長短が彼のご機嫌を左右する。不潔かジャイアンか。彼と22年も付き合ってきた僕にしか分からない世界がそこにはある。昨日今日のシザーズに何が分かると言うのだ。
 プロ様は渋い顔を浮かべながら、ひとしきり彼をねぶると、「まあこいつら(僕と彼のこと)のポテンシャルはこんなもんだわな」風の顔を浮かべて「おっつっした~(お疲れ様でしたの意)」と騒々しく叫び、僕を席から立たせた。鏡の中には微妙に前髪が短くなった僕が立っている。こんにちはジャイアン。
 ジャイアンヘアで大学に登校すると――お~れはジャイアンなどと歌いだしたい気分だ――友人が「髪形変わったね」などと言ってきた。その言葉の裏にある真の意味を知りたくて、「変かな? 大丈夫これ大丈夫これ?」などと言いながら無意味にへりくだって見せる。僕の中では既に大丈夫ではない。答えは出ている。遠慮せず「かっこ悪い」と言ってくれよ。と、どんな罵詈雑言をも受けますというMの構えで、相手に向かって問いかける。「いや、別に。いいと思うよ」その返答を聞き、ワケが分からなくなる。
 こんな記憶はないだろうか? 高校生ぐらいのとき。ワックスなどをゴテゴテに塗りたくり、髪を無意味に立たせ、無造作ヘアーでキメ! 鏡に映る自分をウットリと覗き込み、もしかして俺は絶世の色男じゃないかしらと勘違いをし、いざ登校。さあ、21世紀の在原業平ここに現ると言いたげな自信に満ちた顔をして、神々しい自身の御姿をば友人に御開帳。「お前、すっげえ寝癖だよ!?」「い、いやあ~。風が強くてサ」なんていうやり取り。
 このように、主観と客観はおよそ違いが生じるのが世の常である。自分がいいと思っているものも、他人からしたら汚らわしい寝癖と解釈される場合が往々にしてある(特に中高生時代に)。それと逆のこともまたあり得るのではないか? つまり僕がかっこ悪いと思っているのも自分だけの話であって、他人からしたら何も変わらない、普段の僕なのである。いちいち前髪の長短を気にする僕を「んな、間違い探しじゃねーんだから……変わらねーよこのナルシストが!」と世間の目は見ているのではあるまいか。
 すると僕はもともとジャイアンであったことになる。およそカッコいいとは思えないジャイアン属性で生まれてきたことになる。諦観の念が僕の自我に襲い掛かる。いや、かっこ悪いかっこ悪いとは思ってきましたよ。でも、僕、のび太くらいはあるかなーと思ってた。スネ夫の顔は人外だから追いとくとして、のび太レベルは堅いなーと思ってきたんだけどね。ジャイアンっすか。
 がっくりするのも束の間、人は前を向いて歩いていかねばならない。ジャイアンだろうと勉三さんだろうと生きて行かねばならない。これこそ皆が好むポジティブな姿勢である。
 僕は落胆する自分を必死に抑えながら、極めてポジティブに、快活に振舞う。「お前の髪形、ジャイアンだしwww」などと後ろ指差されれば、「なんだとのび太~! ギッタギタにしてやる~!」とおどける気概が僕にはある。そうしないといけない社会だ。なぜならそれが、自分の心に嘘をつき、ときには精神病にかかるまで追い詰められるにも関わらず、なお自分に嘘をつき、必死で弱い自分を奮い立たせ、他人に脅かされないがために、強くポジティブな自分を演出し、馬車馬のように働く社会人に求められる資質なのだから。
 そんな思想のもと、快活なジャイアンを精一杯演じながら、彼女と会ったら、「生クリームが乗ったプリンのようだ」と揶揄され、ついに僕は人外の存在、スネ夫に等しき次元に上り詰め、「のび太のくせに生意気だぞ」と口をキツネ風にすぼめ、叫ぼうとしたが僕はプリンなので叫ぶことあたはず。ポジティブプリンは心の中で「やあ、僕プリンだよ。みんな食べてね」と精一杯おどけて見せたがプリンは思考しない。糞海のような社会の片隅でプリンはただそこにジッとしている。腐ってチリになるまでジッとしている。こんな社会は壊れるといい。
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ヘアスタイル By Y平」への12件のフィードバック

  1. SECRET: 0
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    写真うpお願いします。

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    前の髪型(長いとき)結構好きだったんですけど、今では何とプリンになってしまったのですか……

  3. SECRET: 0
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    うますぎるw
    爆笑でした☆ 

  4. SECRET: 0
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    髪立てたのに、
    「凄い寝癖だね^^;」
    これかなりありますよwww
    自信が無くなったので、今は無難な髪型です(T_T)

  5. SECRET: 0
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    寝癖をワックスと間違われたことが三回ほどあります…

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    プリン(おいしい)
    生クリームのったプリン(さらにおいしい)
    案外誉め言葉だったり

  7. SECRET: 0
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    それでも社会で生きていかねばならない。
    自然体なジャイアンになりたいものです。

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    彼女さんの感想に吹きましたW
    生クリームのったのって実際どんなだろW

  9. SECRET: 0
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    生クリームの乗ったプリンって美味そうですよね。
    しかし何故にシザーマンズは俺のセンスで間違いナッシン!って思っているんでしょうか。まあ思ってないと客商売として成り立たないということなのでしょうが、それでもヤハリ、ごめんなさい僕が牛肉に豚肉を混ぜろっていいましたと言えるくらいの厳しさを持ってほしい。
    後アホな会話を仕掛けるのをやめてほしい。テンションについていけません。

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    最後の、Y平さんがプリンになり、思考することすら断念する流れがなんか純文っぽくない?

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