参った時の心理

参っている。基本的に生活の充実度は健康・家庭生活・仕事の3つで測ルことができる。

まず体の健康について。副鼻腔炎になったっぽい。先週の木曜時点で熱が出ていたので、その時に速やかに耳鼻科に行っておけばよかったのだが、喘息の薬を出してもらうのと一緒に診てもらおうっつって内科に行ったのが運の尽き。アレルギー性鼻炎の薬を出してもらったが、一向に効かず、金土日とずっと熱が出ていた。当たり前だが耳鼻科は休日はやっていない。イコール土曜日に内科に行った時点で俺の鼻はずっと死ぬことが確定したのである。

その間、妊娠9ヶ月の嫁が2歳児相手に準ワンオペとなり、おまけに家族でノリノリで計画していた3連休のプランがまとめておじゃんになったものだから、不機嫌の具合が半端なく、オチオチ寝てもいられない。娘が嫁に2歳児的典型的嫌がらせをしているのを意識の遠くで聞きつつ、そして人間の心理として、両親が家に存在する状態で片方が寝て、片方が育児をしていると、育児している方は「なんで手伝ってくれないの?」と思うらしい。うん分かった。知るかバカ。珍しくパートナーにキレているが知るかバカである。実家に行けと行ったが、それはちょっと。。。と言われる。知るかバカ度が500%増加する。

こういう調整ごとを最近は仕事でもやっている。何か提案すれば既存層から待ったがかかり、それを放置すると現場メンバーから突き上げが来る。全員知るかバカである。

家庭生活でも仕事でも、急峻な解決策の提示は反感を招く。こういうのは起こった後に言えることで、起こった後にドヤ顔で中年のハゲからツイッターで言われたりするので腹が立つ。今、お前(ハゲ)がやっていることがまさに急峻な解決策を僕に提示している。解決策は聞きたくない。ただ話を聞いて欲しいだけだ。と独白してみて思う。「みんなもそうだったのかもしれないな」。だいたいにして高尚なビジネス理論をブっているマーケターの野郎どもも技術とビジネスのトレードオフを解そうとしないエンジニアも、2歳児を抱える主婦も、「ただ聞いてもらいたい」という一点に尽きるのではなかろうか。解決策は、私から提示して欲しくないのである。自分で解決したいのである。なるほど。そうかもしれない。

このように、健康・仕事・家庭生活の3要素は実は3要素ではなくモノリシックな1要素であるため、どこにも欠陥があってはならない。端を発したのは健康だが、おそらくずっと仕事にも家庭生活にも不満があったはずで、こういう不満を適切なタイミングで検出、対策をできるシステムを作っておかないと、全てを失うことになるよのなあと。こういう鬱憤が元でいきなり会社を辞めてYoutuberになったり、地方移住したりするのである。そういう人に、会社は辞めずにまずは副業から、移住をする前に田舎にショートステイを、などという理論は通用しない。鬱憤や不満検出システムを独自で持たない、ストレス耐性のない輩が破壊衝動的に行うことについて、正論をぶちかますのは、テロ組織の幹部に命の大切さを解くのと同義なのだなと。空恐ろしい感覚を覚えた。